人魚のいた朝に

「青一が?」

「うん。頭で思い描いていることを、人に伝えるのはあまり得意じゃない。むしろ、苦手。だから研究室でも、もっと周りとコミュニケーションを取るように言われる。考えていることや、実際に起きたことを、自分の頭の中だけで解決せずに、仲間と共有することも時には大切だって。そうすることで、思いもよらない閃きに辿り着くこともあるって」

毎日の大半を過ごす研究棟を見上げながら話す僕を、初空が悪戯に笑う声がした。

「確かに、あんたはいつも秘密が多すぎる」

「秘密?」

「そう。何を考えているのかも、何を思っているのかも、誰にも話さないまま町を出て行って、帰って来ても何も教えてくれへん。どんな毎日を過ごしているのかも、これからどうしていくのかも」

怒るわけでも、嫌味を言うわけでもなく、ただ穏やかに、懐かしい思い出を語るように話す初空の横顔が、一段と大人っぽく見えた。

彼女に、伝えないといけないことがある。

「初空、」

「ん?」

「・・・僕と、付き合って欲しい」

それは、いつか伝えようと思い続けていた言葉。

「青一?」

「それでいつか、結婚して欲しい」

「・・・」

「必ず、幸せにするから」

初めて会ったあの日から、何度も何度も思ったこと。
彼女が傷を負ったあの日から、何度も何度も誓ったこと。
その為に出来ることを、一つでも多く出来る自分になりたい。
その想いだけで、あの町を出ることを決めた。
初空と離れることを決めた。

「初空、僕の彼女になって?」

「・・・あおい」

「好きなんだ。初空のことが」

「・・・」

風の音が、今は少し騒がしく聞こえた。
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