人魚のいた朝に
海岸沿いの道を歩く僕らの横を、ときどき車が通り過ぎた。
砂浜には、寂しそうなパラソルが一つだけ置かれていた。
きっと誰かがそのままにして帰ったのだろう。
「そういうのって、青一に対してしか思わなくて。だから、それまでも薄っすらと気づいとった想いが、恋だってことを高校の時に自覚した。青一のことを特別に思う理由は、好きだからなんだって。ちょっと恥ずかしかったけど、不思議には思わなかった。だってね、青一とはこの先もずっと、一緒に居るのが当たり前だと思っとたから」
「僕は、ずっと一緒に居るよ」
「・・・」
「これからは、ちゃんと初空の隣に居る。いつでも会える場所に居る」
「ねえ、青一」
後ろを振り向いた初空が、僕を見上げて優しく微笑んだ。
「海に、行きたい」
「・・・」
「お願い」
魚住初空と出逢った日、僕の世界は変わってしまった。
白黒だった世界が、一瞬で色鮮やかに煌めき始めた。
だけど今、僕の視界からは、少しずつ色が消えていく。
彼女の色が、消えていく。
「もうすぐ、日の出だ」
海の向こうに、微かな光が見える中を、僕は初空を背負って歩いた。
「重いでしょう?」
「ん?」
「うちを背負うのは、重いでしょう」
「そんなことないよ」
歩くたびに、砂が音を立てる。
誰も居ない静かな砂浜に、僕の足音だけが響く。
「あるよ。初めてこうやって歩いた時から、10キロ近く増えてるもん」
「それは大人になったからだろ?身長が伸びるんだから、体重だって増える」
「うん。きっとこれから、もっと重くなる」
「初空が?」
あまり太る体質には思えないけれど。
そう思った僕を、初空の腕がぎゅっと抱きしめた。
「この重みはね、うちと生きる人生の重み」