人魚のいた朝に
彼女の涙が首筋に触れる度、その想いに息が詰まりそうになる。
「うち、お風呂に一人で入れへんの。トイレだって、お母さんについてきてもらう時もある。頭であそこに行きたいとか、こうしないとって思っても、身体は全然言うこと聞かへん。情けないし、格好悪い。青一がそんな風に思わなかったとしても、うちが嫌なの」
「初空」
「好きな人に、そんな自分を見られるのが辛くて仕方ない」
「初空、黙って」
「大好きで、大好きで。好きになり過ぎたら、青一との未来が怖くなった・・・それに、青一にとっての一番は、もううちじゃないでしょう?」
「・・・もういいから」
「うちの為に、青一が今の大学を選んだことも、医学の道に進むって決めたことも知っとる。だけど青一はね、変わったんだよ」
柔らかなその声が、僕の耳にそっと触れた。
「自分のやりたいこと、見つけたんでしょう?だから、ここに帰るのも忘れるくらいに、一生懸命に勉強しとる。青一の夢は、うちを幸せにすることじゃない」
「もう、言わなくていいから」
「・・・もっと沢山の人を、幸せにすること」
変わらないと思っていた。
変わらないで欲しいと、願っていた。
「前にね、なんでそんなに頑張るのか聞いた時に、青一は言ったんだよ?」
毎日必ず昇る太陽のように、変わりたくなかった。
「どれだけ大変でも、何回失敗をしたとしても、その研究で救われる人がいる限り、成功を待っている人がいる限り、僕たちは歩みを止めてはいけないって。研究室は、希望を生み出す場所だって、うちに教えてくれたの」
「初空」
「その時、気づいた」
立ち止まった僕らを、太陽が優しく包んでいく。
「青一はもう、戻って来ないって」
変わったのは、僕だった。
「もう、うちを背負わないで」
「・・・違う」
「今日で、お終い」
「初空、違うんだ」
何度も君だけに、恋をした。