人魚のいた朝に
エピローグ
エピローグ

「ひーるま、せんせー」

「・・・」

研究棟を出て、駐輪場に停めてあった自転車の前で鍵を探していると、よく知った声が僕を呼んだ。

「なんだ、太一か」

「なんだとは、なんだよ!」

すぐに自転車に視線を戻した僕の後ろで、太一がいつもの調子で喋る。

「ええか?お前がちっともメールを返さへんから、わざわざ来たんだぞ?」

「ごめん。忙しかったから」

「おう。そうだと思ったから、今日はお前の自宅で飲むことにした」

「・・・は?」

自転車を引きながら顔を顰めると、太一がニヤニヤ笑いながら、缶ビールの入ったコンビニの袋を見せてくる。

「たまにはええやろ?それに、新しいマンションも見てみたいしな」

「・・・それが目的か」

この春大学院を出た僕は、そのまま研究室で働くことが決まり、長く住んでいた学生アパートから、大学近くのマンションに引っ越した。
だからと言って、生活はそれまでとたいして変わらない。
マンションと研究室を行き来する毎日だ。
それでも今朝みたいに病院のリハビリテーションに顔を出すこともあるから、以前までよりは人と接する時間は増えた。

僕らは今年、二十九歳を迎える。
いつの間にか、随分と大人になっていた。

こんな風に僕の職場まで押しかけてくる太一も、三年前に同じ職場の後輩と結婚をして、今では一児のパパだ。だから前ほど飲みに行くことはないけれど、それでもお互い唯一の同郷の友人ということもあり、こうしてときどきは顔を合わせている。

「お前、彼女は?」

「いないよ」

「はー?あの子は?」

「あの子?」

「前に俺の連れが紹介した、会社の受付嬢の子だよ!付き合ってたよな?」

部屋に入るなり缶ビールを開けた太一が、テーブルにつまみを広げながらこちらを見る。

「付き合ってたけど、三カ月ぐらいで別れたよ」


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