人魚のいた朝に
「戻ることは出来ないから」
どれだけ願っても、叶わないこともある。
時間だけは、二度と戻らない。
「だから自分が選んだこの道を、歩いていくしかないと思ってる。それでその中で、幸せだって感じる瞬間に出会えたら、そこに初空が居なくても、きっと僕は幸せだよ」
どれだけ過去を想っても、僕らが歩ける道は未来にしかない。
失くした恋に、出逢うことはもうないけれど。
きっとまだ知らない幸せが、この世界には溢れているから。
「お前の幸せって、なんだろうな」
「見つけたらメールするよ」
「絶対だぞ」
「たぶんね」
そう言って笑った後で、彼女の想いが詰まったノートを閉じた。
降り注ぐ太陽の光も、
止め処なく溢れる若さも、
尽きることのない明日も、
この命も。
私にはもう、要らない。
もしも願いが叶うなら、
"人魚のいた朝に"
どうか私を、還してください。
「ああ、そうだ太一」
「ん?」
「言っておくけど、僕は今もそれなりに幸せだ」
僕の恋にハッピーエンドは来ない。
だけど人生は、それだけではない。
幾つもの後悔を手にしたまま、僕は今を歩いている。
いつか誰かの、魔法使いになれる日を夢見て。
『人魚のいた朝に』
完