運転手はボクだ
静かにゆっくり戸を開けた。

「…ただいま」

「…ただいま戻りました」

足音が近づいて来た。

「おぅ…帰ったか。…お帰り。恵末ちゃんよく頑張ったな、お疲れ様だったな。…どれ、ん?変わりないか?」

社長…。

「…おぉ…寝てるのか…よしよし…」

「…はい、よく寝てます」

抱かれた腕の中で、小さくて新しい命は、すやすやと眠っていた。
社長は覗き込んで満面の笑みになっていた。

「ん。一日振りだな…。おー、よちよち。はぁ…可愛いな~、まるで天使だ。どれだけ見ても見足りない。帰って来るのも待ち侘びた」

今にも抱き上げたそうな様子だ。フフフ。

「…社長」

「なんだ鮫島。…そうか。ずっと立ってたら恵未ちゃん体に良くないな。リビングに行くか」

そう言いながらも、人差し指でほっぺに優しく触れていた。

「恵未、足元、気をつけろ?ゆっくり…あ、靴はそのままでいいから」

「はい。…ここがおうちですよ~。お兄ちゃんも待ってるからね…」

一週間と空けてないのに、凄く久しぶりな感じがした。
出産は有り難い事に安産だった。


「これからがまた子育て本番です」

「最初から無理は駄目だ。暫く家の事は男三人が分担でやる。恵未ちゃんは体を休めて、赤ん坊だけを、な?な、鮫島」

「はい。有り難うございます。恵未の事は俺がしますから、…ご心配なく」

ドカドカと慌てて走って来る音がした。

「あーもー帰ってるじゃん…。俺、ヘッドホンしてたから。あっ。ごめん…シーッ?」

…。

「ふぅー。起きなかった?眠ってる?」

「ああ、寝てる。まだ寝てばっかりだからな。
千歳、生まれた日に見た時と、ちょっと、違うだろ…」

「えー…、そんな…変わんないよ」

「いや、生まれた時より僅かでも変わってる。しわしわしてたのが無くなっただろ」

「そう、かな…可愛いから親父の贔屓目じゃないの?まだ手とか、しわしわしてるよ」

「…フ、フギャ…フギャ、フギャフギャーフギャーー」

「あ゙…ぁ。しわしわって言ったから怒ったのかな」

「フフ。違うわよ。まだ何も解らないから大丈夫。
千歳君、ちょっとごめんね…」

寝かせてベビー服を開けた。

「うん。…オムツかな、お腹空いたのかな」

「さあ、どうかな。どっちかな」

ここにもベビーベッドを置いてある。オムツを開けて見た。
どうやらそうではないみたいだ。だったら、お腹が空いたんだ。俺…さっき泣かれただけでビビッちゃった。
俺…お兄ちゃんなんだ…。

「…母、さん…」

「…え?…あ、今、なんて…」

「母さん」

「千歳く、ん。どうし…」

「母さんも、もう、無しだよ?」

「え?」

「俺の呼び方。千歳に、君は、無しだよ」

あ。…どうしたの?突然。

「母さん、俺…、母さんて呼んでいい?…恵未ちゃんは、もう卒業する。恵未ちゃんを好きなのは止めて、母さんを好きになる。だから…母さん、て呼んでいい?」

千歳君…。こんな日に…狙って、上手に言うのね…。

「いいに決まってるでしょ…」

…いいの?…私をそう呼んでも。…恵未ちゃんでいいのに。それでいいのに。…母さん、なんて。…千歳君、狡い。

「恵未?…大丈夫か?…」

成さんの手が背中に触れた。…大丈夫なんかじゃない、…泣きそうです。

「親父も…。父さんて呼ぶよ」

「なんだ、…どうした。俺は別にいいぞ、親父で」

「父さんだから。俺の父さんだから。そうだろ?他には居ないだろ?
それに、さ。千恵が変に覚えたらややこしいだろ?
最初に喋る言葉って、千恵の耳で沢山聞いた言葉になるかも知れないんだろ?
俺が、親父親父って言ってたら、最初の言葉、親父って言っちゃうかも知れないじゃん」

「それもインパクトがあっていいかもな。あ、私が社長社長と、毎日囁き続けようかなぁ。あ、そうだ…。ついでにパパですよ~も言っとくか」

そっ…れは。

「止めてください!」

親子三人で声が揃った。

「フ、フギャ、フギャー」

「あー…。千恵も嫌だって」

「…フフ。…お腹も、空いてるのよ…もう待てないって。ね?千恵」

よしよし、ごめんね待たせて、そう言って抱き上げた。
あっ。
椅子に座ると、服の前を開け、拭いて除菌すると徐に千恵におっぱいを飲ませ始めた。
…恵未ちゃん、…おっぱい…。

……恵末ちゃんは…母さんだ。

「…千歳。もっと近くに来て…、見てていいのよ。
見て…小さいのに一生懸命飲んでるでしょ?」

…母さん。

「うん…」
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