運転手はボクだ
珈琲は減らない。一口も口を付けないまま冷め切ってしまった。
「何だか申し訳ない…。初対面の人に、こんな話を。だけど、有り難かった」
「え?」
「こんな話は、誰彼、話せる話ではないし、誰にも話した事がなかった。全く知らない人だから話せた気がする」
知り合いでもなく、赤の他人だから…。
「少しはお役に立てました?あ、料理、手際がいいですね。時短っていうんですか?パパッと作ってしまって」
「ん。最初は全く…。だけど、そんな事、言ってられない。千歳に食べさせなくちゃと思ったら、少しはマシになった。休みの日にある程度作っておくようにしてるから。
今は待てるようになったけど、もっと小さい頃は、もっと大変だったな…。泣き出したら収拾がつかないだろ?」
「初めてが父親というより、母親の領域ですもんね」
「オムツなのか、お腹が空いてなのか。はぁ本当…。オッパイが出たらいいのにって何度思ったか知れない」
「あ、ミルク」
「そう。泣いた、取り敢えず待ってくれ、ってより、スッと出せばパクッと早いだろ?」
「まあ、はい」
「あ゛、ごめん。ちょっと、いや、かなりセクハラっぽい話になったか…」
「いいえ、全然大丈夫です。微笑ましい話です。もういつ赤ちゃんができても大丈夫そうですね」
…あ。これは。結婚するかどうかは…。迂闊だった。
「それは無いと思うよ。
そろそろ帰らないと遅くなってしまうね」
「あ、はい」
千歳君を連れて結婚…。立ち入り過ぎるところだった。初対面の私が軽々しく触れていい話ではなかった。
カップの珈琲をゴクリゴクリと飲み干した。せっかく入れてくれたものだと思ったから。
「…ご馳走様でした、洗います」
飲み干したカップを持ったまま立ち上がった。
「あ、いいよ?そのままで」
「タオルの代わりに、とでも思ってください。結局そのまま返してしまいましたから。カップ一つ洗って偉そうにも言えませんが」
「いいや、食事の後片づけもしてもらった。…有り難う」
「雨宿りから、ここまで…色々と有り難うございました」
では…。
「おやすみなさい」
「おやすみ、気をつけて。こっちこそ込み入った話を聞いてもらった、有り難う。ちょっと気が楽になった」
あ…だと、良かった。
パタン。トコトコトコ…。ん?
「う、わ~ん。とと~」
「あ゛。…しまった…」
千歳君が衝突するようにさめじまさんに抱き着いてきた。
ん?オネショ、とか?