運転手はボクだ
「…はぁ、早まったかな…。大体、こんなことになるんだ。
もっと小さい時にね、泣いててね、車に乗せるとこんな風に寝てくれた」
こんな話も、誰にもしないのだろうか。
「あの、さっきの、駅でいいですよ?元々がそうでしたから」
眠ってしまった千歳君を、少しでも早くお布団に寝かせてあげたかった。
「いいよ?遠慮ならしないで?気を遣わなくていいから」
「違うんです。千歳君、お布団に寝かせてあげたくて」
…。
「千歳、今日は興奮してるんだと思う。いつもと違うから」
「知らない人間に沢山関わったからですね」
「んー、ていうか、日常にない事を知った?
まあ、保育所に行けば女性の先生は居るけど、それはみんなと平等に接する相手で。
自分の家に女性が居るって事が初めてのことで、それが、多分…よその家のお母さんの居る家みたいに、同じように思えたんだと思う。まあ、ママでは無い事は解っているけどね」
だから、今後会う予定も無いのに、無責任にあまり仲良くなってはいけなかったんだ。
「俺も深く考えなくて。…迂闊だったな。迷惑をかけたね。だからっていう訳じゃないけど、安全に帰る為にも送らせてくれないかな?」
…。
「解りました。では、家までお願いします」
「…畏まりました。では、ご住所をお願いします」
あ、運転手さんになっちゃった?
「この方が、送られてるって感じが無くて気が楽でしょ?」
ああ、そういう配慮をしていただいたのですね。
「では、〇〇まで、お願いします」
「はい。この時間だと…10分かからないと思います」
「安全運転で、お願いします」
「…畏まりました」
マンションに近づけば近づくほど、道は空いていて、言われた時間よりももっと早く着いた気がした。
「有り難うございました。帰り、気をつけてくださいね?」
「うん、有り難う。今日は本当に有り難う」
「私の方こそです」
「…じゃあ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
もう、会うことはないんだ…。
闇に紛れて遠くなって行く黒い車をずっと眺めていた。
あっという間に見えなくなってしまった。