運転手はボクだ
・礼は尽くしておくモノ
んん。緊張する…。でも、あまり日は空けないうちの方がいい。
インターホンを押した。音が連呼してる。中々返答がない。もう一度押した。鳴ってる。
んー、留守かしら?確かにアポを取りつけてる訳じゃないけど。
でも、こんな御屋敷なら、お手伝いさんとか、居そうだけどな…。
「はい」
あ、…男性?執事さんかな?
「はい?どなたでしょうか?」
あ、いけない、応えなきゃ。
「あ、あの、私…」
名前を言っても解らないだろう。
「先日、雨の日に、勝手に軒先をお借りして雨宿りをさせていただいた者で、その御…」
ガチャ。あ。まだ途中なのに。…もう…帰ろうかな。
建物を見て、背を向けた時だ。
「はい」
「わーーー!」
…。
「…驚かせないでくれるか」
男性は顔をしかめ、片耳に手を当てていた。
いや、そっちこそ。いきなり現れるなんて思ってもみないから、大きな声が出たんですぅ。…、ていうか、和装男子だ…、素敵…。あ。
「あの、私…」
見惚れてる場合じゃなかった。
「解ってる。もう聞いた」
…でしょうけど。聞いてくれます?
「羽鳥、と申します。こちらの運転手さんに、送ってあげなさい、と言っていただいたそうで、私は送っていただきました。ですから、そのご配慮いただいた言葉のお礼に参りました」
ふう、やっと、言い終えられた。あ、これ。
「あの、お口に合うか解りませんが、私の好きな和菓子を持参いたしました。どうぞ」
「和菓子?」
「え?はい?あ、はい」
そんな、目力のあるお顔で見ないでいただけますか…。
お嫌いでしたか?あまり甘くはないのですが。…ま、あ、お礼の品ですから、好き嫌いはどうかなんてところまでは、ね…。
「入って?」
「え?いえ、ここで、もう充分です。お暇いたします」
「君は…、色々と言葉遣いが混在はしているけれど、暇という言葉も使うんだね」
え?な、に?使い方が変だったの?状況に合ってないの?
「お茶を入れよう」
「はい?」
「君のその、和菓子を一緒に食べようと、誘っているんだ」
「は、あ。えっ?」
「遠慮は無用。私しか居らぬゆえ。さあ」
あ、え?おらぬゆえ?ここは武家屋敷ですか?
ちょっとお礼に来ただけなのに。あ、ちょっと?お願いします、もう帰らせて。
こんなお住まいにいらっしゃる人…お茶っていったらきっと…。
「私、お作法を知りませんので」
「構わぬ。普通に飲めばいいんだ」
かまわぬ?でも…こちらが遠慮を望んでるのです。
「よいではないか。一刻だ。時間はそう取らせぬゆえ」
ひえ~。腕を掴まれた。
「あ、ちょ…。本当に結構ですから」
半ば、いや、100パーセント強引に、屋敷の中に連れて行かれた。