運転手はボクだ
「忘れ物だ。……は、ぁ」

え?

「あ…」

追いつかれてしまった。手を掴まれた。

「これがなくては、困るのでは?」

え?
クラッチバッグを差し出された。
ぁ…はぁ…何をしてるんだろ…。忘れるなら、むしろこっちの風呂敷の方にすれば良かったくらい。
これがなくては部屋にも入れない。携帯だって、お財布だって、全部このバッグの中…。
何とも…気まずいのだけど、有り難い。

意地悪をされて、わざとそのままにしておく事も出来たのに…。こんなに、着物の裾をからげて走って来たなんて。また、これも…これ見よがしに色気がある…。

「あ、ご迷惑を…おかけ致しました。有り難うございました。あの…すみません、お礼に伺ったのに…」

まして、あんな事…それを逃げ出して来たのに。…大人対応してくれたんだな。

「こんな格好でなければ、もっと早く追いついたのだが、…履き物は、これだし」

草履…雪駄、でいいのかな。

「雪駄、ですか?」

「お、そうだ。雪駄だ。これで走り慣れてないから脱げそうになった」

「あ、の」

「申し訳なかったね。私のせいで慌てさせた」

あ。まあ、そうではあるけど…。ここは、それはそれ、これはこれ、と思わないと駄目かな。

「どうだろう」

「…え?はい?」

何が、どうなんです?て言うか、何事もなかったようによく話せるな…。

「もう一度、家に来ないか?」

「え。は、い?」

どういうつもりで、そんなこと…。

「せっかく入れたお茶もそのまま、お菓子も手を付けず終い…。話もそこそこになったままだ」

「あー」

ですが…。
茶碗をぶちまけなかっただけでもマシなのでは?
私達、そんな…乱闘、乱闘?の後なんですよ?
そんな後で、何事もなかったように、リセット、できます?
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