運転手はボクだ
「どうだろうか」

…はぁ。仲直りして終わろうって事かな。

「…解りました。でも、なんて言うか、改めてください。
…飛んで火にいる夏の虫、みたいな事には、私、なりませんから。さっきのような事はもう…困ります」

改めたって、行ってしまえば、また御屋敷に二人なのよ?そこへわざわざ行く私は、本当…夏の虫、なのよ。

「解っている。私も馬鹿ではない。お礼に来てくれた人に無礼は出来ない」

…どの口が言ってるの?さっき、その、無礼をしました。もう、しない、ですよね?…。
はぁ…。

「…行きましょうか」

「あ、ああ。いいのか?」

はあ?

「では、行きません。…嘘です、行きますから。美味しいお茶をいれてください」

「解った。私は別に何かに属しているとかではなく、お茶はただの趣味だ。自己流だ。
着物も、休日だけ…元は時代劇にかぶれて着てみたくなったんだ。普段は普通だ。…変人かも知れないが。
あ、勿論、職業も茶道家でもなければ、呉服屋でもない」

…左様でございますか。そして…自称、変人、ですか。

「男の人の着物姿はとても良いものだと思います。女性でも、意識しなければ、段々と着る機会も無くなるものです。…夏は、憧れます…」

「ん?」

「あ、…妄想の域です。彼と…お互いに浴衣を着て過ごすなんて、粋?で、いいですよね。ちょっとそこまで団扇を片手に夕涼みに出たり、花火を見に出掛けたり。…いいです、とても。
大人の和装のカップルに憧れます…。何とも…素敵ですよね」

こうして歩いている私が、丁度浴衣なり着ていたら。
願いは叶っていたかも…。

「どうだろう」

え?今度は何にですか?

「私となら、叶うと思うが?」

「あ」

あぁ、そういう意味でしたか。まあ、貴方が着物を着ているから、話すきっかけになったようなものですね。

「…そう、でしょうね」

…。

「真っ直ぐ帰ったのか?」

え?あー、雨の日の事かな。

「…帰りました」

何もかも、正直に話す必要はないと思った。さめじまさんの家にお邪魔したと言って、それに付随して、話さないでおくべき事まで、話すはめになりたくないと思った。

「鮫島の事情なら、私は知っている」

え?そんな事、尋ねてないのに…。
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