運転手はボクだ
「お世話になりました」
車に荷物を乗せ、帰る挨拶だ。
「遠いところだけどまた、来てよね」
「千歳君~、大きくなっても来て?おばちゃん、もっとおばちゃんになっても待ってるから」
頭をワシャワシャと撫でた。ん~って、存分に抱きしめてるみたいだ。可愛いですもんね。…解ります。
「う、ん。おおきくなったらひとりでもこれるから」
「そうね、来てね?」
やっと解放されたみたいだ。
「有り難うございました」
私は頭を下げた。
「えみちゃんも、良かったらまた来て?今度は"彼氏"と、ね」
え…彼って、……誰?…何て複雑な事を言うんだろう、と思った。悪気はない、強いて言うならこれもお節介だ。
「…そうですね。綺麗な星空でした。夏と言わず、冬にも見てみたいですね。もっと…」
「そうよ、冬はもっと綺麗よ。寒いから装備は必要よ?…あのね、あの丘でね、テントを組み立てて、珈琲飲みながらずっ~と星を眺めるのっていいのよ?ね?あなた?」
「あ、んん、ああ。…ん゛ん゛」
「は、い…?そうですね、…きっとロマンチック、…ですね?」
「そうよ?ロマンチックよね、あなた?」
「ぁ、じゃあ…」
「コホン。…気をつけてな、成君。急がず、焦らず、帰るんだよ」
「…はい。有り難うございます」
「バイバイ」
「バイバイ、千歳君」
車に乗って、見えなくなるまで送ってくれていた。
吉田さんの"何かしら"の告白は、テントの中でだったって、ことなのかな?きっとそうね。
それはおつき合いの告白なのか、結婚の申し込みなのか…。どちらにしてもこの上ないいいシチュエーションだと思う。
予定通り、夜になる前には帰り着いていた。
一泊二日の旅行とはいえ、長距離移動に行き慣れない場所。子供には堪える。疲れたのだろう。千歳君はずっと眠っていた。
車内はずっと静かだった。私も千歳君のシートに体をもたげるようにしていた。
途中、サービスエリアに寄った時も、行きの時とは何だか違った。…帰り、だから。
着いたら、さようならだから。
千歳君が寝ているので丁度良かった。私を送ってくれる事に支障がなかった。
「お疲れ様でした。気をつけて帰ってくださいね」
降りて挨拶をし、取り出してくれたバッグを受け取った。
…。
「急な千歳の望みにつき合ってくれて、有り難うございました。おやすみ」
「はい、おやすみなさい…」
吉田さんご夫妻のように、…私は一人だけど、見えなくなるまで鮫島さんの車を見送った。