運転手はボクだ

発破をかけておこうかな…フフ。

「欲を言えば…」

「ん?」

「もっといつも強引でもいいです」

そのくらいしてくれて、全然いいです。

「んん?」

「私のだんな様は、控えめですから、とても」

「…あ。…うん」

「手、繋いで帰りましょうか。嫌?駄目?」

「…嫌じゃないよ」

「じゃあ、恥ずかしいから?」

「ああ…近所だからな」

「フフ、そうですよ?…近所です。社長なんてどことか関係なく、遠慮もなく…ぁ」

手を取られた。何だか慌てて繋がれた気がする。…無理しなくていいのに。

「…恵未、寂しい思いをさせてるか?」

あ…変なこと、朝から言っちゃったから、気にさせたのね。ごめんなさい。

「そんな事…。寂しいなんて、そんな事、思った事ないです。こうして生活するようになって毎日楽しくて、本当、あっという間に過ぎて…。
こうして成さんの奥さんにもなりました。寂しいなんて言ったら罰が当たります。本当に楽しいです毎日」

「良かったのか?」

「はい」

…そんな、弱気な事…。俺で、って、意味ですか?

「…今だって変わらず社長は恵未の事…」

…やっぱり…それだ。

「有り難いかなって、思う事にしてます。私達は勿論、私達の意思でなんですけど、でも、この結果は仕組まれて…後押しされた結果も大いにあると思ってます」

それがなかったらずっと大代家のお手伝いさんという立場だけだった…かも知れない。中々…、いつならいいのかって…。踏ん切りが難しかったと思うから。

「社長は、あの頃の鮫島さんに、わざと…あからさまに妬かせるような事ばっかりして。
俺はこんなにしてるぞ?いいのか?ってみたいに。…フフ。よく解らないお節介です。
社長は…大人対応なんだか、どうだか…考えてる事は大人なんでしょうが、する事は子供っぽくて。
今だって神出鬼没。わざと急に寝室に入ってきたりして…何を考えてるのか困ったもの…」

「おちおち一緒に寝ても居られないよな…」

「…あ、はい…本当に…。でも、良く取るなら、ずっと新鮮で居られるようにって、思ってしてるのかも知れません。人騒がせだけど…成さんに対しては、安心するなよって、事ですかね。そうだとしても、やり過ぎのお節介ですけどね」

「ああ、本当に…扱い辛い…」

雇用主ですからね。公私の私の部分、いつも一緒だと微妙に難しいですよね。
だから、このままでいいのかって…。

「家を出るって言えば、反対はしないと思います。でも、本心では、社長は寂しいと思います。私、好いてもらってるって、自惚れの部分だけではないです。千歳君の事、とても可愛がってるから。今更一人になるなんて。
いびつかも知れません、複雑な思いもあります、でも、みんなで家族なんだと思います。
私…成さんに対する好き、千歳君の好き、社長に対する好き、みんな好きですけど、思いはそれぞれ違います。…本当、欲張りの幸せ者です」


パシッ。

「え?」

…何?朝から痴話喧嘩だろうか。男の人が頬を叩かれるなんて、余程の事。

「成さん…」

腕を握って体を寄せた。

「ん、なんか揉めてるっぽいな…。まぁ二人の問題だ、危なくないなら部外者は口出ししない方がいい。…行こう」

「は、い…」

大丈夫かしら…。女性の方がかなり熱くなってるみたい。

『今更そんな事…一方的に。私を何だと思ってるの?その程度の思いだったの?私はそんなつもりじゃなかった。私、そんなに頼りない?ねえ、信じられない?だからそんな事言うの?最初だろうと、今だろうと、言ってくれたら…そこから二人で考える事でしょ?それを…一人で決めて…。
どうして自分で決めて勝手に終わらせようとするの?私は嫌』

『俺は…』

『…会わせて』

『え』

『紹介して。彼女だって。私の事…お母さんになる人だって言って。会わせて。…大丈夫だから。お願い』

行こうと言った成さんの方が足を止めていた。じっと見てるみたい。……成さん?

………あ。待って……これ…。この二人のやりとり…。何だか、こんな…似たような事、あったような…ぇ、いつの事だっただろう…。私…見たような…。あ。

「…成さん……私、思い出しました。昔こんな風な場面…見かけた事があった。あの時は何とも、思わなかった。…茂さん。あれは今思えば成さんだったと思う。
茂さんもこんな風に……昔、居ましたよね、好きな人…その人とこんな風に…」

あぁ、何故、今になって、記憶のどこかで眠っていたモノ、思い出してしまったんだろう。ずっと昔の茂さんを私は知っていた。こんな、激しいやり取りではなかったけど。この様子に似たようなところ、見てしまった記憶が…ある。…思い出した。
…成さんは女の人と。

「……ああ、はぁ、確かに、そんな事もあった。もう、昔の事だ。千歳を引き取る事にしたから。ちょっと違うが、あんな風につき合っていた相手に別れてくれって言った」

「それは、別れる理由、説明はしませんでしたよね」

確か、二人の話はあっさりしていた。…嫌だ、私、人のそんなこと、結構覚えてる。しっかり見てたんだ。…他人事だと思って。
カッコイイ人がなんだか揉めてるって、…見てたんだ。

「ああ、ただ別れてくれって言った」

「その人は?」

「ん?」

「その人は今は?」

それだけで納得してくれたのだろうか…。

「さあ、…解らないな。…もう、いいじゃないか。連絡も取ったこと無いし。知らない。もう過ぎた事だ」
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