運転手はボクだ

「あ…社長…」

驚いた。いつから居たんだろう。

「あの二人、言いたい事言って、上手く収まったようだな。
一日だろうと、一生になろうと、恵未ちゃんと千歳の事なら心配するな、私が居る。行って来いよ、それが恵未ちゃんの為だ。
運転手が居なくても会社には自分で行ける。鮫島が居ないからって、何も、心配する事は一つも無い」

「…何を…」

まるで帰って来る事を望まないような言い方…。でも、これだって、社長の本心は伝わってると思う。ここまで言わなきゃ行けないだろうって。

「社長…」

「行かない、と、即言わないんだから、行くしかないだろ?そうだろ?…その心をゆるぎなく定めて来いよ。……煮え切らない男だな…」

更に後押しだ。

「…」

「こうなった以上、このままでは収まらない。そうだろ?…恵未ちゃんの為だ」

「……はい」

成さん…。

「恵未…」

「じゃあ、恵未ちゃんは私と帰ろうか」

「え?」

「鮫島は直ぐ行け」

あっ。腰に腕を回された。こっちが朝から何事かと思われちゃう。中年の大人が揉めてるって。

「すみません、恵未と千歳をお願いします」

え?…成さん…社長に頭を深々と下げた。私を見て、恵未、とだけ呼んだ。
走って行ってしまった。
居なくなってしまった。

……いきなり?…本当に行っちゃった…。私が強く拘ったから…?社長が行けと言った。直ぐ行けって。
呆然とするって、こんな事を言うのね。…行っちゃった…。

「あぁあ、全く…。私はいいんだが、中途半端な挨拶だよな~。あの後がない。戻ってきますから、が、無いじゃないか」

…。

「恵未ちゃんも、思い切った事を言ったもんだな。まあ…」

「……何がきっかけになるかなんて解りませんね。…私…言っておいて、自分でも何が何だか…。思い出して詳しく知ってしまったから複雑な思いなんです。まさかこんな風に、成さんが直ぐ行動する事までは解りませんでした。…出来る人だったのですね。
でも…くすぶってるものがあるなら…燃やすのか、消すのか、はっきり…どちらかにしてあげたかったんです。
あの人の思いは状況で仕方なく諦めてしまった思いなんです。その時点まで好きだった人なんですよ?…ずっと悔やんでは…ずっと心が残ります…。特に成就しなかった事には。……私。…。
千歳君も大きくなりました。物事は理解できます。一人で面倒をみないといけない、手の掛かる時期は過ぎました。
成さんの心…体も、もう縛られるモノはないんです」

「…んー。今はこれ以上は話さないでいようか」

「…はい」

「しかし…ぁ、なんでもない。話さないって言ったばっかりだ。あー、私は今日出社しないから」

「え。そんな。いいんですか?急に」

「いいんです!」

あ、…もう、そんな力一杯…。はぁ、…フ。

「傍に居るよ」

え?

「誰だって、なんだっていいんだ。…不安な時は人の気配があるだけでもいいもんだ、邪魔なくらいのな?
私は適役だろ?…大丈夫だ」

旦那様…。私…弱々しく見えてるのかな…。強がっちゃって…。

「私にはチャンス到来って事だな」

「え、もう…、直ぐそんな事を…」

「本当だ、本当」

…。


夜になって連絡が来た。じっと待つしかないと思ってはいたけど…長い長い一日だ。

【遠方に来てるから、帰りは明日になる】

はぁ、たったこれだけ…。これでは何も…解らない。どうなったの?まだ解らないの?明日、どうなるの?
それでも、こうして連絡はくれた。待ってるしかない。

【解りました】

しか、返事のしようがない…。

「鮫島か?上手くいったって?」

…この場合の上手くいくって。…どっち…なの?社長の立場なら昔の人と、ってことよね。

「解りません。解ってることは、帰りは明日って事です」

「帰ってくるつもりはあるのか。じゃあ、今夜二人は久しぶりに会って…」

…。

「どっちに転んでも…」

…。

「フ、あまり、いじめては駄目か」

「いつものように。気にせず…好きなようにしてください」

「…いいのか?」

…はぁ、もう。

「言葉のあやです。好きなように言ってくださいって事です」

もう…。深刻にさせないようにだろうけど…。
言ってる事が不安にさせてるじゃないですか…。
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