運転手はボクだ
「親父、戻らないって?」
こうやって社長と遅くに話していると気になったのだろう。部屋から千歳君が来た。
「あ、うん。今夜だけよ。連絡があって、明日戻るって」
千歳君には私からだけど事情を話した。父親が不在の理由にしてはあまりにも衝撃的な事だけど。
はぁ…、思えば、正直にいう必要は無かった。嘘の理由でも良かったのかも知れない…。私に余裕が無かったのだと思う。
結果が出たら、改めて始めから成さんに話してもらおう。私では成さんの複雑だった気持ちを説明する事は出来ないから。
「俺がいなかったら、親父…。こんな事しなくて良かったのにね。元はと言えば俺のせいだ。こんな風に、諦めて来たもんが今まで一杯あるんだよ…」
千歳君…。
「だけど、やっぱり終わってたんじゃないかな。だってさ、理由も言わず別れてくれって言う男に、相手は問い質して来なかった訳じゃん。
納得がいかなかったら聞くもんでしょ?簡単に引き下がったりしないもんでしょ?…好きだったら一方的に言われて終わらせないと思うんだ。どう考えたのか知らないけど、その人…諦めたんだよ…出した答えは別れようってなったんだから」
…性格にもよるのよ。本当の理由はどうであれ、自分に否があったんじゃないかって、黙って身を引くタイプの人も居るから…。我慢強くて芯のしっかりした人なのかも知れない。
千歳君…私や成さんに気を遣って。自分の事も、改めて考えさせてしまった…。やっぱり今夜成さんが居ない理由、本当の事を言うべきじゃなかった…。はぁ…後悔しても遅いか…。
「親父だって、別れるつもりなら、全部、打ち明ければ良かったんだよ。それで駄目でも結果は同じじゃん。すっきり終わってたのに」
…知った上で別れるってなってたら…そうなると、相手に負い目のようなモノが残ると思ったのよね、多分。
相手を思いやると…拗れてしまう。声を荒げる事になったかも知れない、言いたくない、聞きたくない事まで…感情的になったかも知れない。時にはぶつかり合う事も必要かも知れないけど…それをするかは人による。避けるって、思いやりかも知れないけど、本心を隠すって事になるのかも…。はぁ。
「千歳…、鮫島は、親になると決めたからした事だ。自分のせいだって、責任を負うような考え方をするなよ。
親なら子を思うのは当たり前だ。…あっちもこっちも手に入れようと考えなかった。二兎を追わなかったって事だ。
その時の鮫島は、男より親になる事を取ったんだ。千歳をしっかりと掴まえようとしたんだ」
…。
「それを恩着せがましいとか、思うなよ?…お前のせいで、なんて言われた事はないだろ?
ま、鮫島はそんな事、思ってもいないだろうけどな。
お前達は親子なんだ。生みの親より育ての親。…情は深いんだよ」
「…じゃあ、帰ってくるんだ」
「それはまた別だ。鮫島は今、男としての鮫島なんだ。誰にも解らない」
「そんな…。親父には今、恵未ちゃんが居るだろ?」
「そうだな。だからだ」
「どういう事?意味解んないんだけど」
「戻ってくるなら…好きな人をもっと好きになる為にだ。心の全部で好きになる為だ。それは鮫島が戻るか、戻らないか、それで解る事だ」
「それが答え?」
「多分な」
でも…帰って来た時点ではまだ解らない。
「私は戻って来なくてもいいと思ってるぞ?…正直、千歳はどうなんだ?子供だから解らないか」
「俺は…」
…。
「複雑か。恵未ちゃんのことは好きだけど…」
「あ゛ーわー煩い。…煩いです。子供は子供でも、小さい子供じゃなくなったんです。俺は…」
「…はい。お、茶。二人共、私が居る事忘れてます?私、こう見えても繊細なんですよ?…もういいから。
とにかく、成さんの、何かしらの連絡次第です。
…長い付き合いの人だったのか、思いはどれ程の強さだったのか。何も知りませんから。
今の心の内も解りません」
何も、言葉を置いていってくれなかったから。