運転手はボクだ

「千歳君…もう遅いから寝る?」

「あ、うん…」

そうはいっても、眠れないだろうけど。

「そうだな、これからは大人の時間だ。邪魔だ、早く寝ろ」

「旦那様は直ぐそんな風に…。
明日学校なんだし、取り敢えずの連絡はあったんだから。心配ないから、ね?」

「恵未ちゃんは平気なの?親父が…他の女の人のところに行ってるなんて。それって」

「千歳、その質問が子供だってんだ。平気な訳ないだろ。デリカシーの無い事を…」

「…だって…俺だって…」

「いいのよ。今は待つしかないでしょ?ね?いいから寝て?」

…さっき、デリカシーの無い事、社長に言われましたけど?

「大丈夫よ、おやすみなさい」

立ちっぱなしで話していた背中を押した。

「うん、おやすみ…」


「もう、あんな事。…大きくなったとはいえ、まだ中途半端な子供なんですから。恋愛経験のある大人とは違うんですから。…聞かせるには早いくらいの話なんです」

はぁぁ、本当に、話してはいけなかった。

「悪かった」

「え、あ、珍しい…。フフ」

「そうか?」

「はい。意外です、もっと、言った理屈を言われるかと思いました」

「んん」

「…私は欲張りなんでしょうね…」

「ん?」

「今幸せです、充分、幸せなんです。それなのに、何だか拘ってしまいました」

「ん」

「千歳君の事を大事に思ってくれる人。それがまず先で、そういう人物だったから好きになった…が次で。そう、言われました。いいんです、それでも。全然いいんです。
でもどこかで、私を好きになってくれたんじゃないんだって思ってしまいました。母親になってくれる人ならいいって。ちょっと、それって寂しくて…。解ってるんです、贅沢な我が儘なんです。
…やっぱり、本当の意味で最後の恋は、今、会いに行ってる人なんだって。それも、それが現実だから、いいんです。
もう、自分でもよく解らなくなりました。
私には穏やかな好きしかないのかなって。千歳君の母親として好き、みたいな…」

だったら本当の意味で、身の回りのお世話をする、…ずっとお手伝いのえみちゃんで、良かったのかなって。
やっぱり贅沢な我が儘だ。嫌われてるのとは違うのに。

「ん…それは鮫島の内面だからな。私が語れるモノではないな」

この恋は難しいって…。こういう事もあるって事も加わった。

「…はい。私、知ってしまった事にやきもちを妬いてるんです。はぁ、本当に…欲張り過ぎる…。気持ちを独り占めしたいんです、多分。
ちょっとでも誰かが居るんじゃないかっていう心が多分嫌なんです。それがこの先もずっとっていうのが。
確実な思い出って領域になってないから。言葉…終わった事だとは、言いませんでした。だから私、それも、その言わない言葉に拘ってしまいました。本当…理屈っぽい。
私の我が儘は人の心を求め過ぎ…もらい過ぎですか?そっとしておいて欲しい領域にずけずけと入り過ぎですか?…煩わしくて鬱陶しい…。
だから、行ったんですよね…」

「気持ちを決めて行ったのか、ただ闇雲に飛び出したのかでは、会ってから揺らぐかも知れんな。ま、それも、今の相手の状況にもよるか…。
ずっと忘れないでいたから好きな人ができなかった、とか、若しくは今は結婚でもして子供も居てとか。
お互いの気持ちが変わらず合致しなければ…中々昔のようには戻れない、上手くいかないものだ。上手くいったとしても一時の感情のたかぶりで短く終わってしまうかも知れない。やはり、もう終わってたんだって。これは…一般論だ。戻るのではなく、今から始めようって事で、上手くいく場合もある。良かっただけの昔を追いかけては駄目だ。
…子供が大きくなったら一緒になろうと約束していた訳でもない。
こうなるかも知れない、ああなるかも知れないなんて考え始めたらきりが無い。
ま、いい加減な事は言えないが、俺には、帰ってくるとしか思えないけど?」
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