運転手はボクだ
「…恵未ちゃん、大丈夫か?」

社長…。

「はい。…ズーッ。大丈夫です」

居る場所は離れていたつもりでも、静寂の中、会話は聞こえてきてしまった。
千歳君、本当に、出来過ぎたくらいいい子に育ってる…。良かった。でも…。

「何も、具体的に、いつにしようかとか、話し合う必要なんかないだろ。これから、自然に任せればいいさ。
鮫島を思えば、早いに越したことはないんじゃないか?
ああやって、千歳は気を遣っただろうが、解るように気持ちは言ってくれたんだし。
可愛い千歳の今の夢だって言われたら、叶えてやらなきゃな。…上手い言い方をしたと思ってるんだ。千歳なら大丈夫だ。
…私も居る。千歳が、生まれてきた赤ちゃんに親を取られたって、寂しい気持ちにならないように、思春期だろうと反抗期になろうと、うんと可愛がろう。嫌がるだろうけどな」

「考えた事はないんです。本当に。千歳君が可愛くて堪らないから。欲しいなんて…思わなかったんです。でも」

「ここの奥さんに言われて、思った、か。好きな人の子供、欲しくないの、って。悪いが…私にも聞こえた」

千歳君にも聞こえたはず。だから…。自分が居るから遠慮してるんじゃないかって気を回した…。

「でも…」

「千歳が今日、ここで言おうとした気持ち、大事にしてやらないとな。
私は千歳も信じているが、恵未ちゃんも信じてるよ?」

「え?」

「分け隔てをしたりするような女性では無いってね。そんな事、考えもしない女性だって。
恵未ちゃんと千歳は、同じようにお互いを思い合ってるんだよ。だから、何人兄弟が増えたって大丈夫だ。心配ない。
恵未ちゃんの子供、千歳が可愛がらない訳がない。大丈夫だ、そうだろ?」

「社長…」

「ん、役得役得…。はぁ、久しぶりだな。恵未ちゃんをこうして抱くのも」

「あ、もう…。直ぐそんな風に…私は別に、頼んだ訳では…」

今の今まで、真面目ないい話をしていたのに。直ぐこれだもの。でも、このいい加減さに助けられている気がする。…良く言えば、ご隠居さんみたいな感じ?…言ったら、私はそんな歳ではないと拗ねてしまいそうだ。
ふざけたように見せても、ふざけてはいない、時に大きく包み込んでくれる有り難い存在だ。

「まあまだいいじゃないか。泣いてる恵未ちゃんを抱いてたって、鮫島も怒るまい。…さあ、涙を拭こう」

「社長…」

「恵末ちゃん…こういう時は社長より貴史がいいな~。鮫島が旦那になってから、ややこしくなるからって、社長って呼ぶ事が増えたし。
ま、これからは休日だけじゃなくたまには夕方から二人で出掛けるといい。
うちでは落ち着いて出来ないだろうから」

「で、き…。しゃ、社長!」

何を急に。自然に任せればいいって、言ってたじゃないですか。そりゃ…今までだって、夜、落ち着かないのは確かですけど…。
その事よね?


「あ、親父。早く行かないと、恵未ちゃんが社長に襲われてる…」

「おう。
社長ー!俺の恵未に何してるんですか。…いい加減にしてくださいよ」

「ああ、いい、加減だ~。なぁ恵未ちゃん」

わざとだ。頬を擦り寄せている。

「…社、長。成さんを、煽るような事は、もうしなくていいんです」

「ん?…まあ、いいじゃないか」

…もー。セクハラーー。

「あ゙、人の妻を…いつまで抱いてるつもりですか。恵未、こっちに。
だいだい、昔からちょこちょこ目を盗んで…」


親父…今日は頑張ってるな。

俺、妹がいい。恵未ちゃんに似た。
弟だと、恵未ちゃんの事、取られたって思いそうだから。
…親子なんだけどね。
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