カボチャの馬車は、途中下車不可!?
後ろのほうで、突然声が上がった。悲鳴、って表現したほうが当たってるかもしれない。
——きゃあっ! ちょっとちょっと、あの人っ!
——誰よあれ! 超かっこいいんですけどっ!
——誰だれ!? モデルかな。知ってる?
——なんかの撮影? そんな話あったっけ?
なんか後ろ、騒がしいけど。
いや、今はそんなことどうでもよくて!
次第に大きく広がっていく興奮した黄色い声を聞き流し、私は段々焦りながら、もう一度、内ポケットを一つ一つ見ていく。
だって、あれは各部署の入口、資料室へのアクセス、社員食堂でのお会計まで使う、社内では必須のアイテムで。
なくしたら……実費で賠償とか聞いた気がする。
いくらとか、あんまり考えたくない。
「飛鳥さん……ねえ、ねえっ飛鳥さんってば!」
ラムちゃんが小声で私を呼んで、ジャケットをぐいぐい引っ張る。
「ん? なあに、ちょっと待って……社員証がね、ほんとに見当たらな——」
コツン……
落とした視界に、シャープなラインを描く革靴が映り込んだ。
磨き抜かれたキャメルがなんとも艶やかだ。
へえ、イヤミなくらいいい靴ね、どこのブランドだろ。
一瞬手を止めた私の鼻孔に。
ふわり。
嗅ぎなれない華やいだ香りが届いて、私はようやくかばんから顔を上げた。