悪しき令嬢の名を冠する者
「いつものことじゃないですか」

「これだから庶民は。早くマリーを呼んで、今日の勉強は中止よ」

「は?」

「代わりに仕立て屋のクレアを呼んでおいて。新しいドレスが欲しいの」

「アンタ、この前も一着仕立てたばかりだろ」

「アンタ、ですって? たかが護衛のクセに身の程を知りなさい」

「……申し訳ありませんでした」

「分かったらいいのよ。早く出てお行きなさい」

 苦虫を噛み潰したように歪む彼の顔。権力には勝てないという現実を憎んでいるかのような表情は滑稽だ。

 自分は何故、清く生きようなどと思っていたのだろう。満足な食事も摂らず、好きな物も誂えず、大好きなものを人に譲って。

 美しく咲き乱れる花を何故貧民に与えたのだろう。貧しい心では花を愛でる余裕すらないというのに。
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