悪しき令嬢の名を冠する者
「ングッ……!?」

「お静かに」

 唐突に口を塞がれ悲鳴を呑み込む。それでも人の気配など感じさせず背後に忍び寄るものだから驚きが漏れ出た。

 彼の吐息が耳朶を撫でる。思った以上に距離が近いことに私は身を強張らせた。

「騒がないでください」

 騒がないことを伝える為に手の甲を軽く叩く。そうすれば拘束は、あっさり解かれた。

「絶対に振り向かないでね」

 気配は僅かに遠のいたものの心地良い温もりを感じる。確かに懐かしいと感じるのに声の主は誰か見当もつかなかった。
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