悪しき令嬢の名を冠する者
 フィンの温もりは優しい。それでもシュプギーとは、どことなく違う気がした。

 私は幾度この手に助けられただろう。あんなに毛嫌いしていた男が、今では大切な人になりつつある。安堵を覚えた回数は計り知れないし、今日だって無意識に彼の姿を探していた。

 ガストン様に襲われて助けを求めた両手はフィンを求め、唇は勝手に名を象っていた。

 音にはならなかったけれど、自らがどれだけ彼に傾倒しているのかが分かる出来事だったと言えよう。

 甘えるように身を摺り寄せる。襟を握りしめれば、彼が心配そうに眉根を寄せていた。

「レイニー様?」

「良かった。見付かったんだね」

「ああ」

「ヴィンス様にも伝えてくる」

 ユアンは駆け寄ってきたかと思えば、即座に身を翻し消えていった。

「何故あんなところにいらっしゃったんですか?」

「お手洗いだと言ったでしょう」

 嘘がばれていることなど分かっている。それでも、どう答えればいいか分からず私は嘘を重ねた。
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