悪しき令嬢の名を冠する者
「食い物をあげたのか?」

「ええ。その時、初めて分かったの。民が求めていたものと私が求めているものは違うのだ、と。
 私が花を慈しんでいる時間は、誰かが生きたいと嘆いている時間なのかもしれないって。
 だから私は立ち上がったのよ。民の〝心〟を知りたいから。本当の意味で寄り添いたいって思ったから」

「随分な美談だな」

「時には美しい話も必要だと思ったのだけれど、お気に召さなかったかしら」

「普段なら笑い飛ばすところだ。続きがあるんだろ?」

「ふふっ、そこで気付いたの。愛でるものには価値がある、と」

「さっきの今で、どうしてそうなるんだ」

「私が何故、子供に花をあげて〝それでいい〟なんて馬鹿なことを思ったか分かるかしら?」

 質問を投げかけ、ベーコンにナイフを入れる。すっかり冷めきった食事でも美味しいと感じる程、旨味の溢れた味だった。

 オムレツにも手を伸ばす。フォークを突き立てれば、ヴィンスの降参する声が聞こえた。
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