悪しき令嬢の名を冠する者
「勝手にファーストネームを呼ばないでくださる?」

「あら、気に障ってしまったかしら。ごめんなさい」

「本当に謝罪の気持ちがあるなら〝申し訳ございません〟という言葉が出るのではなくて?」

「あ、あの私、貴女を怒らせるつもりじゃ……」

「それなら何のつもりかしら? 奥方様直々に、こんな場所に出向くだなんて。よっぽど大事な用がおありなのね?」

 抜き身のナイフを鼻先に引っ提げるかのように言葉を連ねていく。

 私はヴィンスの〝愛人〟だ。それ以外を悟られてはいけないし。我儘なエレアノーラ嬢であるべきである。他国の姫だろうが物怖じしない強さが必要だった。

 いっそ彼女の国が攻めてくれば面白いかもしれない。その波に興じて私達はコトを起こす。あとは国ごと丸め込んでしまえばいい。この頭がお花畑な女ごと。

 そんな考えが頭を過った。杜撰過ぎる計画ではあるけれど、これも一つのプランとして成立させるのも悪くない。

 さて、どう出るつもりだ、と彼女を見据える。目端では蒼褪めたユアンが何か言いたげに灰色の瞳を細めていた。
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