悪しき令嬢の名を冠する者
「申し訳ありません。レイニー様はこれからレッスンのお時間なのです」

「そんなの一日くらい休んだって構わないわよね?」

「無礼を承知で申し上げます。
 本日のご予定は〝ピアノ〟と〝ヴァイオリン〟なのです。楽器というものは努力を怠ると、すぐに指が凝り固まってしまいます。本国には〝一日サボると、三日戻る〟と言う諺がありまして。
 レイニー様はそれを危惧してらっしゃるのです」

「そう……なの?」

「ええ。私は幼少の頃より楽器を愛してきました。一日たりとも努力を怠りたくはないのです」

「そう……そうなのね。じゃあ、お茶はまた今度にするわ。
 私、普段は離れにいるから気軽に足を運んでくださると嬉しいわ。エレアノーラ様、また城にいらっしゃってね!」

「ありがとうございます。レイニー様もお喜びですよ」

「ふふっ、では失礼するわ! シラに怒られてしまいます」

 頬に手を添え、フィンに笑顔を返す彼女が私に手を振る。激しい律動に眉を顰めながら見送っていれば、乾いた足音が遠ざかっていった。

 すっかり消えたのを確認してからユアンと向き合う。何事かと目を白黒させた彼の目は若干泳いでいた。
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