悪しき令嬢の名を冠する者
 証拠は何一つない。手紙に染み込む僅かな匂い。ヴィンスに話した少女の話。彼から又聞きしたユアンの過去。これは、それらを無理矢理組み立てだだけの粗ばかりの推理に過ぎないのだ。

 悪しき令嬢にはお似合いかもしれない。父親譲りの詭弁で彩られた推理が。

 手紙に染み込んでいたのはヴィンスの香水だった。元々ベルナールが愛用していたものらしいそれは、あちこちで売られている安価な代物だ。

 しかし同じモノを付けていても匂いは変わる。体臭と混じり合って各々独特な香を発するのだ。

 ベルナールが近くにいても、ヴィンスのベッドで横になっても、似たような匂いがするだけで私は混乱した。どこかで嗅いだことのある薫りの正体に気づかなかったのだ。

 ユアンは香水を付けない。それでも手紙に染み込んでいたのは、ヴィンスの身の回りの世話をしていたからだろう。

 吹き掛ける香がユアンにも纏わり付き、手紙に移った。

 悩みながら詩を連ねていたのかもしれない。それこそ薫りが移るまで。
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