悪しき令嬢の名を冠する者
 怪しんでいる雰囲気を垣間見せ、それとなく反対を仰いでも。彼女に魂願しようとも。結果は変わらない。

 僕がどんな想いで手紙を綴っているかなど知らない彼女に涙が零れそうだった。

 願いはたった一つ。



 ——幸せに生きて欲しい。



 ただ、それだけだというのに叶わない。届かない。もどかしい。

 鈍色が幾度も唇を濡らす。錆びた鉄のような味が口腔に広がり、僕を幾度も蔑んだ。

 そうして自ら火の海に飛び込もうとしている彼女を止める手立ては、ついぞ見つからなかった。
< 259 / 374 >

この作品をシェア

pagetop