悪しき令嬢の名を冠する者
「冗談にするつもりはない」

「ちょっと!?」

「少しでいい。俺の腕の中にいてくれ」

 唐突に彼女の細腰を引き寄せたかと思えば熱い抱擁を強要するヴィンス様。

 僕と共に、それを眺めていたフィンは顔を紅潮させ目を逸らしていた。

「レイニーが俺のモノにならないことなど、とうの昔に分かっている。だったら……誰のモノにもならないでくれ」

「ヴィンス」

「少しでいい……少しでいいから黙ってて」

 シャツ一枚の逞しい腕の中に想い人を閉じ込める姿は、見ている此方の胸を締め付ける。

 僅かに心が灼けるのは、アレが自らの願望に他ならないからだろう。

 ヴィンス様の表情が見えなくて良かったと今更ながら実感する。

 彼女の顔も胸元に埋まっている為、表情を視認することは出来なかった。
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