悪しき令嬢の名を冠する者
 僕は何もせず。彼女の傷が癒えるのをジッと待った。待つことには慣れている。

 その間は日々を駆けずり回り、この国で生きていく術を誂えた。平和な国では花がよく売れる。花屋が軌道に乗った頃、彼女から命令された。



 ——私を離さないで、と。



 言われるまでもない。待っていたとばかりに誓いの口付けを落とせば、彼女は縋るように僕の背に手を回した。

 そうして焦がれた恋は身を焼き尽くす前に愛になる。〝守る〟ことが約束ならば、彼女には、か弱いままでいて欲しいと思った。

 しかし、そうもいかない。僕は少しでも彼女が元気になるように外へ連れ出した。

 生い茂る木々。遠い空。抜けるような雲。草の匂い。自らの足音。生きていることを彼女に突き付け、手を取った。

 僕にはそれ以外方法がわからなかったのだ。
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