悪しき令嬢の名を冠する者
「どうかされましたか?」

「なんでもないわ」

 記憶を辿る。前世の記憶を。私は何も知らず混乱し、生涯を閉じた筈なのに、何故かレジスタンス結成の歴史を知っていた。

 ――何故?

 知っていたなら何故、私は、あれほどまでに混乱していたのだろう。殺されたのだから〝仲間〟では無かった筈だ。そんな記憶はないし、〝死〟という事象が事実を顕著に表している。

 ――どうして私は……

「レイニー様?」

 深い場所に沈んだ私を引き上げるのはいつも彼の声である。耳馴染のいい低い声。どこか懐かしい気がするのは長年共にいたからだろうか。

 私は何も知らない。不意にそう思った。

 だって、そうだろう。彼のことだってそうだ。笑った顔も知らなければ、愛想笑いが不細工だとも知らなかった。

 私の中のフィンは〝不愛想な護衛係〟でしかない。今迄、何をしてきて、何を想って生きてきたのか。私は知ろうともしなかった。きっと彼も私のことなど知らないだろう。

 共に歩んだ時間が関係を深めるわけではない。それが痛いほど分かった。
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