悪しき令嬢の名を冠する者


 間諜とは厳しい仕事だ。口で言うのは簡単だが、実際に経てみると言葉では語れないものがある。

 擦り切れるのは心。それでも責め苦に耐え兼ねるのは、いつも身体だった。



 他の国に忍び込み機密情報を得る。

 内乱が起こらぬようにアンテナを立てる。

 城に潜り込み他国の現状を漁る。



 間諜の仕事は多岐に渡るし、個々によっても違う。仲間同士で〝任務〟について語るのもタブーとされていた為、俺達は身内をも欺く必要があった。

 城に潜り込んだ他国の間諜を拷問し、情報を吐かせるのも俺達の仕事だ。搾れるだけ搾り取った後は、殺すまでがセオリーである。

 情けを掛けてもいいと思える相手なら、その場で殺してやる。けれども大抵は指一本動かせなくなるまで痛めつけた後、簀巻きにして川に流すのだ。

 俺は沈んでいくそれを色ない眼差しで見つめる。

 そしていつも思っていた。〝俺は、こうならない〟〝なりたくない〟と。
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