悪しき令嬢の名を冠する者
「教えてちょうだい」

「え?」

「この国のことを全て。お前が見てきた民から見える国のことも」

「仰せのままに」

「私は何も知らない。私のことも、お前のことも、国のことも。家族なのに、お父様のことも知らないわ。何故お父様が〝悪の貴族〟と言われるかも」

「その噂をご存知で……」

「社交界は噂好きのレディしかいないのよ。知っているでしょう?」

「ええ。それも知りたいのですか?」

「二度は言わないわ。私の僕なら一回で〝イエス〟と言いなさい」

「承知しました」

 フィンは頷く。赤み掛かった茶髪を揺らし、目元を緩めて。それに満足気に笑むと私は考えを巡らせた。これからは、やることが沢山ある。

 教養だって身に付けなければいけないし、頭脳に磨きを掛けることも必要だ。記憶だって思い出して損はないだろう。

 この男のことも調べなければいけない。私が死んだ理由も、必要なピースである可能性がある。

 零れ落ちたのは充足感。溜息に乗せるには勿体無い気がして私はグッと堪えた。馬車は家路を辿っている。

 胡乱な眼差しに動揺しない自分になろうと私は誓ったのだった。
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