悪しき令嬢の名を冠する者
 ぼちゃん。という音が無情にも大きく響く。最期に触れた両手は未だ温もりを保っていて、俺はそれを洗い流そうと必死だった。

 けれど、いくら洗っても手は冷たくならない。それから俺は〝手を洗う〟という行為に恐怖を覚えるようになった。

 汚れも、温度も、記憶も錆びついて落ちてはくれない気がしたから。



 素知らぬ顔をして報告するのは簡単だった。あの日、精製した氷のペルソナは今でも健在だ。

 しかし、彼女を殺した日に偶然会ったユアンが、俺を抱きしめたことが今でも不思議でならない。

 あの日の俺の笑みは〝完璧〟だった筈。涙を零すことすらしなかったのだから。

 ここだけの話、俺が国を壊そうとしたのは私怨でしかなかった。王子が零していたことをユアンから聞き〝詭弁〟を語ったに過ぎない。

 それでも〝いい方向〟に向いていたなら良かったことにしよう。

 リーへの想いも、そろそろ断ち切るべきだ。彼女は生きているのだから。
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