悪しき令嬢の名を冠する者
「酒場は水仕事が多い筈。それなのに皸一つない指先を見せるなんて無防備極まりないわね。にも関わらず、掌はこんなに固い。まるでフィンのようだわ。これは酒場の店長の手じゃない。少なくとも〝剣〟を扱う者の掌よ」

「俺はレジスタンスの一員です。鍛錬を積むのも仕事では?」

「どうかしらね。ハッタリも必要だと言ったのは貴方よ。
 とりあえず私のことをフェアレディと呼ぶのはやめてちょうだい。悪女が冠するには可愛すぎる名前だわ」

「フフ……ククッ……面白いねぇ、エレアノーラ嬢。俺もレイニーと呼んでもいいかな?」

「構わなくてよ。それでも、この名前は捨てた方が良さそうね。せめてこの場に居る時ぐらいは」

「素直な人は嫌いじゃないけど、素直すぎる人はどうかと思うかな。改めてレジスタンスのリーダー、ベルナール・クロッツだ。よろしく」

「そんなに簡単に名を教えてもいいのかしら?」

「美しい薔薇の棘なら、いくら刺さろうと痛くはないさ」

「よく分からない人ね」

「貴女もよく分からない人だ」

 そう言いながらも握手を交わす私達は、よっぽどおかしな人間だと思う。それでも信頼関係を築くには早すぎるし、疑って掛かるのは違うと思った。

 酒場の喧騒に駆け引きが消えていく。フィンに手を引かれ歩む私の背にベルナールは「頑張って」とエールを送ってくれた。
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