悪しき令嬢の名を冠する者
「ところでヴェーン家の侯爵令嬢が、こんな汚い酒場に何用かな?」

「ヴィンセント様、此方は……」

「いいわ。ばれているのなら敬意を払うべきでしょ」

「レイニー様」

「お初にお目にかかります。私、エレアノーラ・ヴェーン=テンペスト=ステュアートと申します」

「堅苦しいのは嫌いだ。敬語も要らない。ココでの身分はゴミだからな」

 ワンピースを持ち上げ、片足を下げたレイニー様が深々と頭を下げる。一連の動作を淀みなく熟すあたりに彼女の努力が垣間見えた。

 社交界で幾度となく目にした光景だというのに目頭が熱くなってくる。全てがこの時の為だと思えば、レイニー様が払った時間に素直に敬意を表せた。

 しかし、ヴィンセント様は一瞥くれただけで敬意溢れる挨拶を、たった一言で一蹴する。挙句の果てに、彼女の努力を貶された気がして俺は怒りを滾らせた。
< 50 / 374 >

この作品をシェア

pagetop