悪しき令嬢の名を冠する者
「いつの時代も陰に潜むのは女と決まってるのよ。王子を操り人形にするのは楽しみね」

「美しいね、君は。遊ぶのにも面倒臭くなさそうだ」

「私を、その辺の醜女と一緒にしないでくださる?」

 彼の手を妖艶に撫でるエレアノーラ様に呼応するかの如く、ヴィンセント様は指先で顎を上向きにさせる。

 思わず刀を抜きそうになったところをユアンに宥められ、俺は浮いた刃を鞘に納めた。

「……君のように堂々と無礼を働く子は初めてだよ!」

「なっ!?」

「いいね。いいね。可愛いよ! 君の話に乗った。俺は何をすればいい?」

 エレアノーラ様の頭をかき乱し、ヴィンセント様は噴出する。それに気圧されていれば彼はあろうことか楽し気に笑い出した。「いいね、いいね」と馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返す彼に、動揺した彼女が美しいとは言い難い声で吃驚を零す。

 少しばかり怒っているような気がしたのは思い違いではないだろう。

 本気の駆け引きを鼻で笑われたのだ。矜持を傷付けられたのは言わずもがな。それでも懸命に己を鎮めようとしている様は可愛らしくもあった。
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