悪しき令嬢の名を冠する者
 元々、片鱗はあった。国の窮地を幾度も救った悪の貴族の娘だ。血の繋がりは馬鹿に出来ない。

 彼女が我儘だったのは頭の出来が良すぎるが故の弊害だったのだろう。読んだ本の内容は忘れないし、自らで考えることにも長けていた。家庭教師が大手を上げて誉めそやすほどだ。けれど彼女は周りを知る度に、自らを落とす行為をするようになった。

 令嬢に頭の良さなど必要ないと気付いたからだろう。女性が家を継ぐことは原則出来ないし、聡明であればあるほど男性には毛嫌いされる。狩猟が上手かろうが、剣術に長けていようが使いどころがないのだ。

 女の価値は連れて歩いて自慢できるか否か。彼女は、その条件を十分に満たしている。だからこそ、レイニー様は自分を磨くことをやめた。

 先を見通し、国の未来がないと知っていたからというのもあるのだろう。けれど、そんな彼女は、ある日を境に変わった。

 別人になったかのように活き活きし始めたのだ。要因は何だったのだろう。幾度、過去に思いを馳せても全く分からない。思い出すのはいつも、空色の瞳に射抜かれた事実のみ。

 本当は、ただのお嬢様(フェアレディ)で在って欲しい。けれど、それは絶対に無理なのだ。彼女が手を貸そうが貸すまいが、この国は壊れる。俺に出来ることは、彼女の貢献度を証明し命を救うことだけ。

「前の俺なら見捨てていたのに」

 呟きは喧騒に消える。ふとレイニー様を追えば不機嫌そうにヴィンセント様と言葉を交わしていた。

 ジリジリという幻聴が鼓膜を犯す。僅かに、けれど確実に胸が灼けていくのが分かった。
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