悪しき令嬢の名を冠する者
「ヴィンス様が指揮を執ればいいかと」

「ユアンは、それを望んでいるのか?」

「いえ」

「ならば何故そんなことを言う?」

 此方を見ない彼は激しく弦を弾いている。音楽家も顔負けの情熱的な演奏は淡白な声に似つかわしくない。僕に対して本当に疑問を投げ掛けているかも不明だった。

「エレアノーラが心配か?」

「何故です?」

「嫌いじゃないなら好きなんじゃないのか? 随分、色めいた視線を送っていただろう」

「誤解です」

「そうか」

 身体でリズムを取りながら次の旋律へ移行する彼。曲は最近流行りのラブソングで溜息が漏れた。僕の吐息すら、彼にとってはアレンジの一部に過ぎないのだろう。

 煽るような瞳が憎たらしい。僕に視線を預けながら楽しそうに演奏するものだから、呆れた、と歎息しつつも自然と手を叩いていた。

 そんな僕に彼は笑む。揶揄も譜面の一部とでもいうかのように。

「素晴らしい演奏でした」

「お前にエールを送った」

「エール、ですか?」

「好きな奴には好きと言わないと逃げられてしまうよ」

「まだ、その話ですか」
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