悪しき令嬢の名を冠する者
「恋文も悪くないと思うぞ。この便箋を使え」

「ヴィンス様、此方は奥様に頂いたものでしょう」

「手紙を交換したいそうだ」

「交換日記の真似事でしょうか?」

「日記は失くす、と言ったら、便箋を渡された。だったら手紙を交換しましょう、だとさ」

「して差し上げたらいいじゃありませんか。奥様もお喜びになるでしょう」

「アイツに興味が無いんだ。欲求が湧かない」

「それは男として不能では?」

「ユアンは好きの対義語を知ってるか?」

「有名な話ですね。無関心でしょう」

「ああ。もしも、お前がエレアノーラを嫌いだと言ったら、それは好きというのを認めたくないだけじゃないのか? と揶揄うつもりでいた」

「悪趣味ですね」

「知っている。つまり俺はカタリーナに対して何も知りたいと思えないってことだ。
 笑顔も、涙も、過ぎ去っていく景色と同じで味気ない。まるで馬車の窓から外を眺めているような気分だ」

 彼には妻がいる。隣国の姫でカタリーナという穏やかな女性だ。薄紫の長い髪に同色の瞳が特徴で、可愛らしい雰囲気を纏っている。

 自由奔放なヴィンス様を咎めず、笑みを絶やさないのだから、よく出来た人だ。

 僕は嫌いではないが、王子は何が気にいらないのか。彼女との面会は極力避けるように言いつけられていた。
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