溶けろよ、心

目を瞑って手を合わせる。




制服屋の帰り道、晴斗のお父さんは言った。

『真由ちゃん。晴斗のこと、これからもよろしくね』


性格も顔も晴斗はお父さんにそっくりで。

人懐っこいけれど照れ屋な晴斗のお父さんが、そんなことを言うなんて意外だった。


『余計なこと言うなって、父さん』

私の隣を歩いていた晴斗が口を挟む。

『ああ?なんだ、俺が真由ちゃんと喋ってたから嫉妬か』

晴斗に肩を組んで、晴斗のお父さんはニヤニヤと笑って言った。

その手を引き剥がそうとしながら、晴斗が言い返す。

『だからうるせえって!』

それにまた晴斗のお父さんは言い返す。

『うるせえとはなんだ、うるせえとは!』


すると、晴斗のお母さんが私たち家族に言うんだ。

『ごめんなさいね、騒がしくて』


お父さんと晴斗が愛のある喧嘩を繰り広げ、お母さんはそれを見守る。

きっとこれが、志賀家の日常だったのだろう。



それが一瞬にして崩れ去ったのが、あの事故の日だった。
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