溶けろよ、心
「じゃあね、また今度」
家に入る前、私が言うと、町田くんは軽く手を挙げて、
「おう」
と笑った。
私が家のドアを開けようとすると、それを引き止めるように町田くんは私を呼んだ。
「橘」
振り返ると、夕日を背に町田くんが立っている。
「真由って、呼びたい」
町田くんはゆっくりと、はっきりとそう言った。
「い、いいよ!」
上から目線な返答になってしまった。
本当は、すごく呼んでほしいと思っているのに。
町田くんは、「ははっ」と顔をクシャッとして笑った。
晴斗と電話で話した日、一度だけ真由と呼んでくれた。
その時みたいに、胸が高鳴った。
町田くんは、今度こそ帰ろうと私に手を振った。
「じゃあ、真由。また来週な」
そう言って、踵を返す。
ああ、気づいてしまった。
「……待って」
勝手に零れたその言葉は彼には届かなくて。
町田くんは振り返ることなく、どんどん小さくなっていく。
好きなんだ……私。