御曹司は運命を引き寄せる
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愛すべきは一人の気楽な日常

「ねえ、華。本当に行かないの?」

いつもより化粧の匂いが鼻をつく定時後の更衣室。

友人で同期の牧瀬光が聞いてきたその問いに、私は内心うんざりしながら、脱いで畳んだ制服をトートバッグにしまいこんだ。

「行かない」

「相変わらずつれないなぁ。普段私たち受付嬢として知らない人に愛想振り撒いてるんだから、ちょっと延長したーぐらいのもんでしょ」

お目々パッチリの可愛い系美人の見た目とは裏腹に、性格はサバサバで思ったことはハッキリ言うタイプ。

ロッカーに寄りかかり呆れたように私を見る、そんな光のことは基本的に好きだけれど、どうしても相容れない部分はある。

「仕事は仕事、プライベートはプライベート。合コンが仕事の延長とか残業代ついてもイヤ」

「華って優柔不断なくせに、そこだけはっきりだよね」

「そうだね」

予備の制服が残っていることを確認して、私はパタンとロッカーを閉める。

それは私からの終了の合図。

バッグを肩にかけ、帰る気満々の私にはこれ以上何を言っても無駄だ。

それを光も知っているから、今度はハアと深いため息を吐くだけ。

誘っては来るけど、無理強いはしない。

そういうところが光と私の友情が続いている理由だと思う。

「じゃあ、お疲れ。合コンいい人いるといいね」

「そうね。お疲れ、また月曜日に」

見送ってくれた光に手を振って、私は更衣室を出た。

いつもなら残業している人も街に繰り出す金曜は、定時を過ぎてからそれほど経っていない時間でもロビーも外もやっぱり人が多い。

向かう先はきっと居酒屋だったり、ショッピングビルだったり。

私のように毎週迷いなく真っ直ぐ家を目指す人は、そう多くはないだろう、というのが個人的な印象だ。

家でのんびりするのが好き。一人が好き。

飲み会や友人との交流で忙しい社交的なタイプから見れば、そんな私は所謂「勿体無い」というタイプだ。

かくいう私自身も大学時代や20代前半までは周りの言葉を気にして、非社交的な自分の性格に悩んだりもしていた。

でも、28歳の今。

結局周りに合わせた時期を経て学んだのは、合わないものは合わないということ。

周りがどんなに楽しんでいても、大勢でいると肩が凝ったように疲れるし、仮にその場は楽しんだつもりでも、家に帰れば体調を崩すほどぐったりしてしまう。

そんな事が続いてしまえば、もともと行きたいと思ってもいない場所から足は自然と遠退くもので、気付けば、自他ともに認める非社交的なお一人様の出来上がりというわけだ。

寂しい人だと周りは言うかもしれない。

でも、無理は続かない。それはきっと、どんなことにおいてもそう。

例えば、会社から自宅までの電車の通勤乗車時間だって、田舎の車社会から出てきた上、乗り物酔いしやすい私には30分以上は我慢できないし。

例えば、今もコツコツとアスファルトを鳴らすヒールだって、5センチ以上なら私はきっと歩き続けられない。

比べるところが違うと他人は言うかもしれないけれど、私からすれば全部、全部同じだ。

どんなことも無理は続かない。

もちろん、生きていれば無理しなければいけない場面だってあるかもしれない。

でも、それはやっぱり時々であるべきで、できれば非常時にでもとっておくべき、というのが私の持論だ。
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