オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
でも、ある程度年齢を重ねていれば、恋愛に肉欲が絡まないほうがおかしい。まぁ、だからといって、最後、想いを寄せていた彼女と関係を持って成仏……というのが物語的にダメなことはさすがにわかった。
そんな風に考えていると、小さくため息を落とした友里ちゃんが言う。
「生前の〝松浦くん〟はうっとうしいくらいだったのに、幽霊になってからの一途さと健気さはもう涙なしには読めない感じで……悲しくて」
「なんか……ずっと俺が死んだみたいに聞こえるな」
苦笑いをこぼしていると、友里ちゃんはそんな俺をじっと見上げてくる。
どれだけ感情移入して本を読んでいたんだろう。まるで俺の無事を確認しているような眼差しだった。
友里ちゃんの瞳に、街灯の灯りがキラキラと映っていた。
「どことなく似てたってだけなのに、重ねて読んでいたせいで、なんとなく松浦さんの顔を見ると悲しくなってしまって、おかしな態度をとってしまっていたらすみません」
ああ、なんだ。さっき顔を合わせたときのおかしな反応はそんなことだったのか。
呆れるというよりも安心して、気付けばふっと表情が緩んでいた。
いつの間にか駅はもうすぐそこで、人通りも会社を出たときよりもだいぶ増えた。それでも、昨日みたいに苛立ったりはしなかった。
「じゃあ友里ちゃんは、昨日その本を読んでからずっと俺のこと考えてくれてたんだ」
当然、〝そんなわけないでしょう〟と、冷たい目と抑揚のない声が返ってくると思ったのに。
「そうなりますね」
友里ちゃんが、至って普通のトーンでそんな返事をするから「え」と、間の抜けた声が漏れていた。
思わず立ち止まった俺に気付いた友里ちゃんが、数歩先で足を止め振り向く。
マフラーから飛び出た髪が、穏やかな冬の風にサラサラと流れる。栗色の髪が駅舎から溢れる灯りにキラキラと光っていた。
真っ直ぐな目に、射止められたみたいに身体が動かなかった。