オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき


麻田くんが加賀谷さんの欠勤を教えてきたのは、十二月、第一週の水曜日のことだった。

私がデスクにつくなり「加賀谷さん、風邪らしいっすよ」と報告され、思わず「えっ」と声がもれていた。

「連絡あったの?」
「はい。さっき部署に電話かかってきて。俺が出たんですけど、部長がまだ出勤してきてないから、代わりに聞いたら風邪だって」

「そうなんだ……」

パソコンを起動させながら、なんとなく、左隣の加賀谷さんのデスクに視線を移す。
そこはいつも通り綺麗に片付いていた。部長のデスクとは大違いだ。

「とりあえず、加賀谷さんが担当の会議は入ってないからって言ってました。ただ、もしも急ぎの外線があったら連絡してくれって。電話はいつでも出られるようにしておくそうです」

「……そう」

今の季節、インフルエンザの可能性もあるけれど、きちんと病院に行って調べただろうか。

そんな心配を頭に浮かべてから、いやでも、加賀谷さんはちゃんとした大人だし私に気にされるまでもなく、ひとりでも最善の行動をとっているはずだ。

でも……でももしも、熱が高くてひとりじゃ動けないとかだったら……いや、だけどタクシーだってあるわけだし。

心配する気持ちと、大丈夫だという気持ちがいたちごっこみたいに頭のなかをぐるぐるする。

加賀谷さんがいないなら、その分しっかり仕事をこなさないと!とも思うのだけど、いたちごっこのなかに、ひとつ新しい感情が増えるだけで、ぐるぐる状態は変わらなかった。

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