オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
狭い通路、私のうしろを歩いていた工藤さんが「篠原? どうかした?」と覗きこんできて……そして私の座席を見るなり同じようにピタッと止まった。
私の座席だったはずのシートにちゃっかりと座っている松浦さんが、こちらを見上げてにこりと笑う。
「とりあえず座ったら? いつまでも通路に立ってたら邪魔になるよ」
「だったらそこ退いてください。私の席ですし、松浦さんの席はあっちのバスだと思いますが」
うしろに工藤さん以外の人が待っていないことを確認しながら言うと、松浦さんはへらっとして答える。
「帰りはこっちのバスで帰ろうかと思って。友里ちゃんとも話したかったしね」
そう笑った松浦さんが、チラッと一番うしろの席に視線を移してから言う。
「さっきの話をここで大声でされたくなかったら早く座ったほうがいいよ」
バスの一番うしろに座っているのは加賀谷さんだ。
案に松浦さんは〝加賀谷さんにバレてもいいの?〟ということが言いたいんだろうということがわかり、むすっとした顔をして松浦さんの隣に座る。
「ずいぶん気に入られちゃったのね」とコソッと告げた工藤さんが、ひとつうしろの席に座るのを待ってから、前を向いたまま小声で話しかけた。
「あっちのバスでは今頃松浦さんがいないって女性社員が騒いでいるんじゃないですか」
「ちゃんと他のヤツには言ってきたから問題ないよ。まぁ、女の子は少し騒ぐかもしれないけど」
「もしもこっちに女性社員がなだれ込んで来たら、すごく迷惑なんですけど」
「その時はかくまってよ」
軽く笑う横顔をチラッと見たあと、ため息をつき背もたれに後頭部をくっつける。
「何度も言うのは失礼かと思いますが、迷惑なんですよ。すっごく。この上ないくらいに。もう二度と話しかけてほしくないんです」
切実に、そして遠慮なくハッキリ言うと、松浦さんはくっくっと喉の奥で笑う。