オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
会社を出たところで後ろから「篠原」と呼び止められた。
見れば、黒いコートにグレーのマフラーを巻いた工藤さんが近づいてくるところで、その装いが一瞬、松浦さんと重なって見えたせいで胸が跳ねる。
思い出してしまったのは、工藤さんの服の配色が松浦さんと似ていたからと、退社するのを待ち伏せするのなんて松浦さんぐらいだからだ、と誰にだかわからないいいわけをしている自分に眉を寄せた。
そういえば、松浦さんが最後に私を待ち伏せたのは、加賀谷さんから電話があった日だから、もう一週間前になる。
ドタキャンしてしまったから都合のいい日を……と伝えたはずだけど、あれ以降連絡もない。
……忙しいんだろうか。
あの、呑気な笑顔や、やたらと甘ったるく私を呼ぶ声が一週間も傍にないのはなんだか落ち着かない。
それを気に入らないとは思うものの、事実な以上、否定する気にもならなかった。
十九時前の空は今にも雨が降り出しそうなほど、分厚い雲が覆っていた。朝見た天気予報では、二十一時から弱雨予報だったことを思い出す。
「工藤さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。駅まで一緒に行こうよ。直帰でしょ?」
「はい。寄り道する予定はないです」
ひと言ふた言交わし、並んで歩き始める。
一瞬だけ、いつも松浦さんが腰かけて待っていたベンチが気になったけれど、そこにあの笑顔はなかった。