オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
「あの……」
「いいじゃん。ちょっとくらい。ね」
ちょっともなにもないし、いいわけがない。
名前もよく知らない男性に手を握られているんだから、当然気持ち悪い。
けれど、これだけセクハラだのパワハラだのと騒がれているなかで、よく脈がこれっぽっちもない私の手を握ってこられたなぁと、そんなところに感心してしまっていた。
そのせいで、振り払うタイミングを逃した私に、男性が身を寄せる。
アルコール独特の匂いに咄嗟に身体を引いたけれど、握られたままの手がそれを止めた。
男性の向こう側にチラリと視線を向けてみても、各々盛り上がっていてこちらを気にしている社員はいないようで、嫌な汗が背中に浮かぶ。
急な欠席があったせいで、私の向かいの席は空いている。近場のひとの目線も私には向いていない。
こんなにひとがいるのに誰とも目が合わなくて、急に危機感に襲われ息をのんだ。
端っこに座ったのがまずかったと、今さら後悔しても遅い。
「ってことで、俺は篠原さんのこと、結構本気で好きなんだけど……俺、どう?」
「離れてください。あと、手も離してください」
平静を装いきっぱりと告げたっていうのに、男性は「そういう強気なところもいいよね」なんて笑う。
こんなの、どんな美形にされても、こちらに好意がない以上セクハラだ。
でも、結果的にセクハラだとかそうじゃないとか、そんな話の前に、今をどう切り抜ければいいのかがわからず困惑してしまっていた。
社員が集まる飲み会の場で、まさかこんなことされるなんて考えもしなかった。
「離してください……っ」
「えー、いいじゃん。俺、結構優しい方だよ。篠原さんと合うと思うんだけどなぁ」