オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
男性の手が、私の手から太ももへと移りビクッと肩が跳ねた。
「やめてくださいっ」と睨むのに、男性は私が怒っていることなんてお構いなしに、ニヤニヤとした顔でこちらを見てくる。
これは、完全なアウトだ。
今までは、これくらいのことであまり騒いでも……という気持ちがあったけれど、ここまできたらそんな遠慮はなにもない。
正直、こんな社員が集まる場所で大声を出すのは気が進まない。
このひとの、社内での今後の立場を考えると、声をあげるべきか迷う。
けれど、この不快感から逃げ出したいという思いのほうが勝った。
周りに気づいてもらうために、大声を出そうと息を吸い込んだとき――。
「谷口さん。セクハラですよ」
背後から伸びてきた手が、私に触れていた男性の手をはがす。
その際、松浦さんの顔が私の顔のすぐ横に近づくから、胸が大きく跳ねた。
「松浦……?」と、アルコールのせいで充血した目をした男性に、松浦さんは苦笑いを返す。
「無職になりたいわけじゃないでしょ。アルコール入ったから気が大きくなって、なんて言い訳を聞いてくれるほど、うちの上層部は馬鹿じゃないですよ」
なんで……。
会が始まったときにはいなかったはずだ。
いつの間に入店して、いつの間に私の背後に回ったのか、なにもわからなくて混乱していた。
なにもわからないのに……久しぶりに見た松浦さんの姿に舞い上がる感情だけが先行して、胸が苦しいくらいに締め付けられていた。
男性との話を終えた松浦さんは、驚きながら見上げた私を見て、微笑む。
「友里ちゃん、顔色が悪いよ。少し外の風にあたったほうがいい」