オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき


「そういえば、尾崎さん、他の部署への異動が決まったんだってね」

工藤さんが名前を出した〝尾崎さん〟は、今は精神的に出社できない状態にいる、第二品管のメンバーだ。

ずっと加賀谷さんと部長が自宅を訪ねて復帰を目指していたのだけど、尾崎さんの様子から、第二品管に戻すのは危ないと判断したんだろう。他の部署への異動と共に復帰させる、というのが会社が下した決断だった。

尾崎さんも、新しい環境のほうが気が楽だろうし、前向きに話は進んでいる。
辞めないで済んだのは、加賀谷さん的にもよかったと思う。あれだけ足しげく通っていたのだから、頑張りが報われてよかった。

「腹減っちゃったんで、なにか買ってきますね。なんかついでに買ってきましょうか?」

工藤さんが「じゃあ、軽く食べられるもの適当に」と返すと、麻田くんは園内にあるフードコートに向かう。

もう時計は十三時を回ろうとしているけれど、そういえばなにも食べていなかった。

「麻田くん、元気取り戻してよかったですね」

フードコートに向かう後ろ姿からは鼻歌でも聞こえてきそうだ。一時の落ち込み具合が嘘みたいでそこに安心していると、工藤さんもうなずく。

「やっぱり、普段明るい子が暗いと気になるものよね。基本的には悪い子じゃないし、またすぐ新しい彼女ができるでしょ」
「ですね」

工藤さん、厳しく見えて結構麻田くんのこと買ってたんだな、と内心思っていると「松浦さんのことだけど」と切り出される。

「今回の社員旅行で、加賀谷さんに見せつけたかっただけなんじゃない? 篠原があれだけ夢中だったこと、松浦さんも知ってるんでしょう?」

「それはないかと……。まぁ、ああ見えて若干……結構、嫉妬深いところはあるみたいですけど」


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