オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
例えば、お客様から入ったクレームへの対処用文章の作成だったり、製造ラインで使っている機材の取り替え時期の管理だったり、月に一度更新される本部長からの一言という社内報を印刷し、食堂前の掲示板に貼ったり。
日々、任せられる雑用の範囲が広がっていく気がするし、工藤さんなんかはいちいち『これ、絶対総務とか庶務の仕事でしょ』と部長に意見もしているけれど、現状は変わらない。
――と、いうのも。
「部長。管理職のみ閲覧可能指定のメールが全員閲覧できるようになっちゃってますけど、大丈夫ですか?」
第二品管のメンバーは、部長も合わせて九人。
部長以外の八人はデスクを向かい合わせて大きな島を作っていて、部長のデスクだけは少し離れた場所に置かれている。
椅子をクルッと回して振り向くと、齢五十五の部長は「ええ? 本当?」と情けない声を出しメール画面を確認する。
そして「あ、本当だ。やっちゃったなー」とひとり呟くと、カチカチとマウスを動かし閲覧範囲を指定し直す。
ここ一ヵ月で三回はしているミスに、内心げんなりとしながらパソコンに向かい直した。
背後から聞こえてくる「見なかったことにしてー」という間延びした声には振り向かずに「はい」とだけ答える。
他人の話し方のクセにいちいち文句をつけていても仕方ないとは思うものの、部長のこの口調には〝女子高生か〟と声にはならないツッコミをしてしまう。
〝おじさん〟と呼んでもまったく問題ない年齢の男性の声で、語尾を伸ばす甘えたようなトーンを聞かされるこっちの身にもなって欲しい。
たまに会う程度ならそこまで気にならないのかもしれないけれど、一日のうちの大半を同じスペースで過ごしているとストレスも溜まってくるというものだ。
精神的ダメージがひどい。
語尾を伸ばされるたびに、がんがんHPを削られてる気分だった。