オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
「篠原。もう俺宛の電話はないと思うけど、もしフィネスサービスから電話があったら携帯にかけるよう伝えてくれるか? 担当の戸田さんは俺の携帯知ってるから」
「了解です」
「もちろん、篠原が帰るまでに電話があればって話で、帰れそうならすぐ帰ってくれて構わないからな。
じゃあ、お疲れ」
周りの社員にも「お疲れ」と挨拶をした加賀谷さんがフロアから出て行く。
それを見届けてからパソコンに視線を移して……向かいの席からの眼差しに気づいた。
顔を上げると、工藤さんが物言いたげにこちらを見ている。
「……なんですか?」
「別に。心中穏やかじゃないんだろうなぁって思っただけ」
図星をついてくる工藤さんには返事をせずに、今度こそパソコンと向き合う。
けれど、頭のなかは加賀谷さんと尾崎さんのことばかりで、仕事の内容なんてちっとも入ってこない。
というのも、これも多田部長のせいだ。
『尾崎さん、加賀谷くんには話がしやすいみたいなんだよねー。電話で、加賀谷くんと一緒に行くって伝えると嬉しそうに返事するし、実際、部屋に行っても尾崎さんは加賀谷くんばかり見て話すしねー。
加賀谷くん的にはどうなの? お互いに独身だしいいんじゃない?』
デスクで堂々と加賀谷さんに聞くものだから、当然私の耳にも入ってしまった。
まぁ、そんな話を聞いた数ヶ月前からとっくに、加賀谷さんが部長と尾崎さんの部屋に行くたびに胸の奥はギリギリと痛いのだけれど。
いくら加賀谷さんが『早く職場復帰できればいいとは思ってますけど、それだけですよ』と言っていても、やきもきしてしまう。
私にやきもちを焼く権利なんてないのも分かっているし、そもそも加賀谷さんは仕事の一環として尾崎さんの部屋に行くのだから、私の感じていることは公私混同だ。
こんなのは社会人としておかしい。
……それでも。聞きわけのない心は、わがままにムカムカするばかりだ。